ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2013年11号
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第88回 上組 営業減益基調は下期には反転へTPP効果で貿易量増加にも期待

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

NOVEMBER 2013  54 高い収益性に信頼感  環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が進ん でいる。
内閣府の試算では、輸出二・六兆円増、 輸入二・九兆円増、消費三・〇兆円増、投資 〇・五兆円増の効果が見込まれている。
各産業 により、TPPから受ける影響は異なるものの、 国際競争力の低迷が続く日本の港湾業界には貿 易量増加の恩恵があるだろう。
 そこで今回の寄稿では上組を取り上げる。
日 本の港湾業界最大の国内ネットワーク数を誇る 大手である。
同社は一九九〇年代に主要な営業 基盤としてきた関西地域から関東地域への規模 拡大を図った。
二〇〇四年に供用開始となった 「上組東京コンテナターミナル(KGTT)」は水 深一〇メートルのプライベートバース、大型ガン トリークレーン二基を設置する最新設備だった。
 その後も毎期三、四件程度のペースで物流倉 庫や土地などに投資しており、一二年には神戸 ポートアイランドに敷地面積九万一四一二?の 「上組ポートアイランド総合物流センター」を開 設させている。
神戸周辺にある拠点の機能集約 のほか、輸入青果物や穀物などを取り扱う複合 物流センターとして、単なる港湾業者の枠組み を超えた一貫物流を担う役割を期待しているよ うだ。
現状の稼働率は高いとみられ、需要増加 に対応した倉庫増設の可能性もあるだろう。
 一連の設備投資の投資リターンに対する資本 市場の信頼度は高い。
過去一〇年間にわたり同 社は大型設備投資を実施した翌期に営業利益率 を向上させているからだ。
特にKGTTが稼働 した翌期の〇五年三月期には前期比十三%の営 業増益を達成している。
ターミナル稼働前後に は人件費をはじめとする初期費用も発生したと みられるが、物流業界の中では相対的に高い利 益率を維持したことは高く評価された。
 同社の高い利益率の源泉は労働生産性の高さ にあるだろう。
従来、港湾事業は労働集約型だ ったが、一九五〇年代に始まったコンテナリゼー ションの流れの中、同社も機械化の推進や港湾 作業の内製化(外注費の抑制)などを進め、収 益性を高めていった。
さらに二〇〇〇年代には 売上高人件費比率を一〇%台から七%台まで引 き下げている。
労働生産性の強化を図ったこと が見て取れる。
 ただし、直近業績には景気回復に伴う十分な回 復の兆しがまだ見られない。
一四年三月期第1四 半期は売上高が前年同期比〇・一%減の五九二 億円、営業利益が同六・七%減の五八億円、純 利益が同九・三%減の三九億円だった。
一三年 三月期第2四半期以降、営業減益が続いている。
 弊社が業績予想をする際には、特にアジア向 けの貿易数量指数を参考値として用いているが、 四─六月のアジア向け輸出指数平均は八九・四、 上組 営業減益基調は下期には反転へ TPP効果で貿易量増加にも期待  一三年三月期第2四半期以降、営業減益が 続いている。
しかし、下期にはトレンドは転換 しそうだ。
輸出入の回復と大型拠点の稼働率 向上による収益性の改善が見込める。
中長期 的にはTPP効果による貿易量増加の恩恵も 期待できそうだ。
無借金経営の安定した財務 基盤は強みだが、国際物流の強化などへの思い 切った投資も検討の余地があるだろう。
第88回 土谷康仁 メリルリンチ日本証券 調査部 シニアアナリスト 55  NOVEMBER 2013 輸入指数平均はほぼ前年並みだった。
同社が得 意とする青果物の輸入が弊社想定以上に減少し たことが営業減益の一因でもあったろう。
昨年 のフィリピンの台風災害によりバナナの収穫量が 減少したことや、中国がフィリピン産バナナの輸 入を再開したことが影響したとみられる。
 加えて、円安局面に入ったことにより、現状 は輸入コストが増加している。
原材料を輸入す る顧客は輸入量を抑制するなど一時的に輸入量 が停滞しているかもしれない。
 しかし、弊社は第2四半期以降の輸出入数量 は回復に向かうと想定している。
その上で、同 社の一四年三月期業績予想を、売上高が同二・ 二%増の二三七四億円、営業利益が同二・九% 増の二二一億円、純利益が同三・一%増の一三 七億円と予想している。
業績の反転は輸出入数 量の回復、神戸の大型物流センターの稼働率向 上による収益性の改善を見込むためだ。
 八月の貿易統計では、一般機械や輸送用機械 を中心に米国向けが前年比二〇・六%増と堅調 だった。
EU向けも前年比一八・〇%増となり、 前年同月が悪化したことの反動増の要素もある が、下げ止まり感がでてきたとみられる。
 米金融緩和縮小観測に伴う資本流出が新興国 に金融引き締め効果をもたらす中、アジア向け 輸出は六月、七月と前年比で一けたの伸びに留 まったが、八月は同十三・五%増に回復。
季節 調整済みの輸出数量指数で見てもアジア向け輸 出は前月比一・二%増と三カ月ぶりに増加に転 じている。
 他方、神戸の大型物流センターでは、減価償 却費の増加があるものの、神戸周辺に点在する 倉庫の集約による倉庫賃借料の減少や青果物な どの数量回復が見込めるだろう。
潤沢な手元資金の活用に注目  資本市場は同社の当面の業績に加え、健全な バランスシートにも注目を寄せている。
同社は無 借金経営を継続しているが、その財務戦略には 様々な意見がある。
集約すれば、?戦略的投資 の積極化、?株主還元の充実、?財務レバレッ ジを効かせた資本戦略──といったものだ。
 弊社では同社の設備運営に関わる必要不可欠 な設備投資を八〇億円程度と見ている。
これに 対して一〇年三月期、一一年三月期の設備投資 はともに八〇億円程度と少額だった上、フリー キャッシュフローは一〇〇億円を超える水準で推 移した。
これが一四年三月期以降はやや高水準 の一五〇億〜二〇〇億円の設備投資が続くよう になると予想している。
神戸の大型物流センタ ーの増設をはじめ、将来の物流センター建設に 備えた土地の取得などが想定されるためだ。
 ただし、緩やかなGDP成長率や日本企業 の海外移転を背景にした輸出入貨物の減少など の可能性を考えた場合、国際物流事業に対する 投資も選択肢の一つになるのではないだろうか。
同社はタイや中国など港湾事業に出資するなど 海外事業にも着手しているが、連結営業利益に 占める国際物流の割合は五%にすぎない。
今後、 経済成長が有望視される東南アジアなど新興国 での物流事業などに進出する余地は十分にある だろう。
 高水準の設備投資が続く見通しではあるが、同 社の一四年三月期以降のフリーキャッシュフロ ーは五〇億〜八〇億円と予想される。
同社では 安定配当を株主還元の基本方針とするが、年間 配当金額は二〇億〜三〇億円前後、配当性向は 二〇%程度、配当利回りは一・二%(一〇月九 日終値ベース)という水準。
自社株買いを含め、 株主還元をさらに充実する余地はありそうだ。
 同社の無借金経営は評価すべき点でもあるが、 経営指標の観点から見れば、手元現預金と負債 のバランスを考えた財務レバレッジも今後の財務 戦略の重要な選択肢になるだろう。
 弊社が推定する同社の株主資本コスト(投資 家が投資の際に求めるリターン)は五・五%程 度である。
それに対して、同社の一四年三月期 以降の三カ年の平均ROEは五・〇%と予想さ れ、資本市場ではROEが低水準との判断を受 けやすい。
仮に同社が健全と認めるD/Eレシ オ(デッドエクイティレシオ、有利子負債 ÷ 株主 資本)を定め、一定の範囲内で負債を有効活用 することができれば、ROEは向上する。
 もっとも、無借金経営、安定配当は同社の強 みであり、景気低迷の局面ではこのような財務 健全性の高い会社が選好される傾向もあり、完 全に正しい答えはない。
同社の財務戦略に関し ては今後も資本市場の話題になりそうだ。
つちや やすひと 一九九七年三月神戸大学大学院卒、 九八年四月和光証券入社。
三菱証券 などを経て、二〇〇五年一〇月にメ リルリンチ日本証券に入社。
運輸セ クター担当アナリストとして活躍し ている。

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