ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2013年10号
判断学
第137回 貧困化するアメリカ社会

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 OCTOBER 2013  86  『貧困大国アメリカ』  堤未果さんの『貧困大国アメリカ』という岩波新書の本が 書店の店頭にうず高く積まれ、ベストセラーになっている。
 最初の『ルポ貧困大国アメリカ』が出たのは二〇〇八年で、 ベストセラーになって版を重ねたが、その後、『ルポ貧困大国 アメリカ供戮出版され、そして二〇一三年になって『 (株) 貧 困大国アメリカ』が出て三部作が完結したという次第である。
 著者はアメリカ在住で、米国野村證券に勤めていたことも あるが、九・一一同時多発テロの後、ジャーナリストとして 講演や執筆活動を続けているという。
 そこでマスコミには報じられないアメリカの実態について 取材し、われわれ日本人には知られていなかったアメリカの 貧困の実態について取材し、詳しく書いている。
 アメリカには肥満児が多いが、これは栄養が十分だからで なく、フードスタンプで暮らしている貧困層が多いためであ るという。
 そして医療費が世界一高いため医師にかかれない人が多い し、医療費のために破産する人も多い。
 そこで「出口をふさがれた若者たち」は軍隊に入り、アフ ガニスタンやイラクなどに行く。
そして「おちこぼれゼロ法」 という名の裏口徴兵政策が取られ、これによってアメリカの 軍事化、外国出兵が進められているのだという。
 この本は決して読みやすい本ではなく、文章もあまり練ら れていないが、しかし、その内容は衝撃的である。
 なぜ、アメリカは「貧困大国」になったのか、という点に ついては著者の考え方ははっきりしない。
しかしその実態に ついては実にリアルに書かれており、この本がベストセラー になって版を重ねているのもよく分かる。
 二〇〇八年に出た第一作を今読み直してみて改めてそう感 じたが、今年七月に出た第三作を読んで、ますますその感じ を強くした。
 大企業が支配するアメリカ  第三作の『 (株) 貧困大国アメリカ』では、バイオ産業の実態 を暴くと同時に、巨大食品ピラミッドについて詳しく書かれ ているが、そこでは株式会社がバイオ産業や食品産業で圧倒 的に強い力を持っていて、それが産業全体を支配するように なっている。
 例えばバイオ産業では遺伝子組み替え企業がピラミッドの 頂点に君臨し、アメリカ国内だけでなく世界の市場を支配し ているという。
 レーガン政権以来の規制緩和政策と民営化(正確には私有 化)政策によって、あらゆる産業で大企業というよりも巨大 株式会社が圧倒的な力を持って、それまで放置されていた市 場を支配するようになった。
 それはさらにマスコミにも波及して、巨大株式会社がマス コミ産業を支配するようになり、自分に都合の良いような報 道しかさせなくなっている。
 そして、教育や消防署、警察や公園なども巨大株式会社が 支配するようになっているが、そこでは公共性や福祉ではな く、利益追求だけが目的になる。
 前回このシリーズで取り上げたデトロイト市の荒廃も、そ の結果であると書いている。
 この本を読んでいくうちに背筋が寒くなる思いがするが、 しかし、それが現在のアメリカの実態である。
 私は一九八〇年代にアメリカに住んでいたことがある。
私 が住んでいたカリフォルニア州の大学町は平和な暮らしやす い町で、その頃はここに家を買って住もうかと思っていたほ どであった。
 それに比べ現在のアメリカがいかに荒廃しているか、とい うことをこの本を読んで改めて痛感している。
 それにしても、なぜアメリカはこんなことになったのだろ うか?  アメリカが“貧困大国” になっている。
本来は公共性が優先 されるべき教育・医療・食品衛生などの分野でも、利益だけ が追求される。
こうなった原因はどこにあるのか。
第137回 貧困化するアメリカ社会 87  OCTOBER 2013  なぜこんなことになったのか?  アメリカで巨大株式会社(ジャイアント・コーポレーショ ン)の時代が確立したのは一九世紀末から二〇世紀初めにか けてで、一九〇一年に、アメリカの製鉄会社の大部分が合併 して生まれたUSスチールがその第一号であるとされている。
 そして二〇世紀のアメリカを代表する企業とされたのはG M(ゼネラル・モーターズ)であったが、このGMとフォー ド、クライスラーの三社がアメリカの自動車産業を完全に支 配するようになった。
そして第一次大戦、とりわけ第二次大 戦後にアメリカの巨大株式会社は全盛期を迎えたが、一九七 〇年代ごろから危機に陥った。
 何より会社が儲からなくなったのである。
そしてそこへ 狎侈危機瓩起こり、巨大株式会社の危機がはっきりして きた。
そこでレーガン政権の下で規制緩和政策が取られ、そ してブッシュ政権がそれをさらに進めたが、危機はますます 深刻化した。
その結果、二〇〇〇年代に入ってウォール街の 大銀行が次々と政府資金によって救済され、シティ・グルー プやバンク・オブ・アメリカなどが救済された。
 さらにクライスラーが倒産し、GMも倒産して、アメリカ 連邦政府によって一時国有化されるということになった。
 堤さんの言う「貧困大国アメリカ」はこうして生まれてき たのである。
それは巨大株式会社が危機に陥った結果として 生まれたものであり、決して巨大株式会社が繁栄したためで はない。
余裕を全く失った結果、教育や医療、食品衛生、さ らに軍隊にまで進出して、それによって利潤を上げようとし ているのである。
 その結果、「 (株) 貧困大国アメリカ」が出来たのであり、繁 栄の産物ではないことを銘記しておかねばならない。
 この本にはそのことについての認識がないので、読者はう っかり読んでいると錯覚するかもしれない。
くれぐれも注意 が必要である。
 「政治とマスコミを買う」  一つは政治家の責任である、と考えられる。
一九八〇年代 以後、レーガン大統領のもとで進められた爛譟璽ノミクス によって規制緩和政策が進められたが、それは巨大株式会社 の利益追求のためであった。
 一九七〇年代から巨大株式会社がそれまでのように儲から なくなったために、レーガン政権に規制緩和政策を進めさせ、 公共事業や教育や医療などの分野にまで巨大株式会社を進出 させようとした。
 その結果が堤未果さんの本に描かれているような『貧困大 国アメリカ』をもたらしたのである。
 そのために使われたのが政治家で、それはレーガンやブッ シュ親子のような共和党の大統領だけでなく、民主党の大統 領も追随した。
 そのために巨大株式会社がいわゆるロビイストを使って政 治家に働き掛けている。
 私が一九七〇年代にワシントンに滞在していた頃、ホワイ トハウスの周辺を歩いているうちにロビイストの事務所がた くさんあるのを見かけたが、しかしその後、これらの事務所 は驚くほど豪華なオフィスに様変わりしている。
 このことは民主党のクリントン政権の下で労働長官を務め ていたこともあるロバート・ライシュ(カリフォルニア大学 教授)が二〇〇七年に出した『暴走する資本主義』(雨宮寛、 今井章子訳、東洋経済新報社)にも書かれているが、堤未 果さんの今回の本の第五章で、「政治とマスコミも買ってしま え」という題でリアルに書かれている。
 政治献金によって巨大株式会社が政治を買ってしまってい るというのだが、マスコミもまた、それに利用されている。
 これでは「どうしようもないナ」と思わざるを得ず、絶望 的になるが、なぜ、こんなことになったのか?  それについては堤さんは何も書いていない。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にもまれな「法人資本主義」で あるという視点から独自の企業論、証 券市場論を展開。
日本の大企業の株式 の持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批 判してきた。
著書に『会社の哲学 会 社を変えるために』(東洋経済新報社)。

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