ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2013年9号
道場
物流子会社のジレンマ

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 SEPTEMBER 2013  84  編集長が、納得したという感じでつぶやき、 確認するように聞く。
 「でも、それ以前にも、物流関係の子会社と いうのはあったんですよね?」  大先生がうなずく。
 「あった。
主に輸送関係の会社。
高度成長期 の売上増に伴う輸送力確保のために、自前で 輸送会社を持ったところが結構あった」  「物流子会社は、そういう輸送のような現業 を担う子会社とは、全く違う存在だったって ことですね?」  編集長が確認する。
大先生が続ける。
 「そう。
その意味では、物流子会社というの は、特異な存在だった。
つまり、社内の物流 部門が独立した形だったので、物流管理を担 う会社という位置付けだった」  「そういう意味で、確か、物流管理会社とい う呼び方もされていたんじゃなかったでした っけ?」  「そうそう、そんな言い方もしていた。
それ 以前の物流現業関係の子会社と区別するため 67《第137物流管理を担う子会社の誕生  大先生の事務所では、一九七三年秋に発生 した第一次石油危機にまつわる話でにぎわっ ている。
女性記者が、「そうなんですか、物流 子会社の生みの親は石油危機だったんですか」 と感慨深げにつぶやく。
大先生がうなずく。
 「石油危機後の何年間かに相次いで物流子 会社が誕生し、物流子会社ブームと言われた。
ブームが起こるということは、ブームに乗った 各社に共通する要因があったはずだ。
それが 石油危機に起因する業績悪化」  編集長がうなずき、続ける。
 「なるほど、例外なくほとんどの企業が苦 境に陥り、そこから脱するために子会社化と いう方法で人員削減をしたということですか。
ブームという点では、物流部の設置も相次い でいるんですよね。
なるほど、企業が、一斉 に物流を対象にコスト削減に取り組んだってこ とだ。
多くの企業が、七〇年代後半に物流に 目覚めたってわけですね」  第一次石油危機は新たなタイプの 物流子会社を誕生させた。
それまで の物流子会社は高度成長期における 輸送力の確保を主な目的とするオペ レーション部隊だった。
それに対し て親会社の物流コスト削減を役割と する管理型の子会社が相次いで設立 されるようになった。
しかし、その 運営は当初からジレンマを抱えていた。
物流子会社のジレンマ ■大先生 物流一筋三十有余年。
体力弟子、美人 弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流 のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生 の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整 能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。
お調子者かつ大 雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。
几帳面な秀 才タイプ。
第 回 18 85  SEPTEMBER 2013 に、そう呼んだりもした」  編集長が、次の話題を見つけたという顔を し、うなずきながら大先生に問い掛ける。
 「たしか先生でしたよね、物流子会社は、物 流管理組織の一つの形態だと位置付けられた のは?」  「うーん、そんなことも言ったかな。
物流 管理を担う部署を社内の物流部門に限定せず、 物流子会社という社外物流部門でやるという 選択があってもいいのではということだった」  「でも、実際のところ、物流子会社は、社 内物流部門の代替的な存在にはならなかった というご指摘でしたよね?」  「そう、例のジレンマが邪魔をした‥‥」  「あっ、そのジレンマなら、私知ってます。
先 生のご本で勉強しました」  女性記者が突然、待ってましたという感じ で割り込む。
編集長が、「へー」と言って、女 性記者にうなずく。
 女性記者が、身を乗り出して話し出す。
 「それって、本来、物流部門ならば、物流コ ストの削減に積極的に取り組むべきなのに、物 流子会社という立場に立つと、親会社の物流 コストは自分たちにとっては収入なので、親会 社の物流コストを削減すれば自分たちの収入が 減ってしまう。
だから、親会社の物流コスト は減らしたくないというジレンマですよね?」  大先生が、小首を傾げて、補足する。
 「まあ、簡単に言えばそうだけど、それでは ジレンマにはならない。
ジレンマにならなかっ たという点が、実は問題だった」  禅問答のような大先生の言葉に女性記者が 興味深そうな顔をし、質問する。
 「そうですか、それではジレンマというのは どんな状態だったんですか?」  大先生が弟子たちの顔を見る。
弟子たちが 黙っているのを見て、大先生が「別に大した 話ではない」とつぶやき、続ける。
 「親会社の物流コストを減らせば、子会社の 収入が減ってしまうので、子会社は成り立た ない。
しかるに、親会社の物流コストを低減 しなければ、親会社から子会社の存在価値が 問われ、やはり子会社は成り立たない‥‥さ て、どうすべきかというジレンマってことさ」 自立へのかじ取りがトップの役割  女性記者が納得したように、まとめる。
 「なるほど、いずれにしろ、子会社は成り立 たないからジレンマなんですね?」  「そう、このジレンマから脱却するには、ま ず親会社から存在価値を認めてもらう、つま り親会社の物流コストを削減するという取り組 みを行うことが優先されるべき。
そして、そ の結果起こる収入減を親会社以外の荷主で補 う取り組みをする。
この手順以外にジレンマ から抜け出る道はない。
物流子会社は、ここ をきちっと理解しなければならなかった」  「ところが、そういうことにはならなかった ってことですね」  編集長が先を促すように、言葉を挟む。
 「そう、親会社が物流子会社の評価をなおざ りにしたっていうこともあるけど、物流子会 社が物流部門の代行を放棄したというのが実 態だな。
ここから物流子会社の存在価値があ いまいになってしまった」  「なるほど、物流子会社はジレンマを認識せ ず、親会社の物流コストなど低減しなくても、 親会社から何も言われず、何とか存在できた ってことか。
つまり、ジレンマなど意識しな いで存在してきたわけですね」  大先生がうなずき、「まあ、全ての子会社が とは言わないけど、そういうところが少なく なかった」と当時を振り返るように言う。
 「それって、やっぱり子会社の社長の考えが 大きいんでしょうか?」  編集長が自信ありげな口調で聞く。
 「確かに、その要素は強い。
子会社なので、 親会社から派遣される社長次第のところもあ る。
社長の中には、『親会社からの収入確保 はおれに任せろ、おれはそのためにいる』な んて豪語する社長も出てくる有り様だ。
そう すれば、社員が喜ぶとでも思っているのなら、 社長失格だ」  「でも、収入を持ってくるというなら、それ はそれでいいんじゃないでしょうか?」  女性記者が素朴な疑問を口にする。
大先生 が苦笑しながら、答える。
 「確かにそれも一理あるけど、物流子会社の 方向性という点では、間違いなく、自立とい うのがキーワードになる。
親会社の業績が具 SEPTEMBER 2013  86 合悪くなると、収入減もあり得る。
そしたら、 子会社はどうするのか‥‥」  「そうですね、確かに、親会社から収入を持 ってくるのが仕事ではなくて、自立のかじ取 りをするのが社長の仕事ってことですね。
な るほど、確かにそうです。
かじ取りをしない 社長は駄目です」  女性記者が簡単に前言を翻した。
編集長が、 苦笑しながら、女性記者を見る。
女性記者が、 編集長に「なんか文句あります?」とにらむ。
 「いや、別に。
『改むるに憚ること勿れ』だ」  「そんなオーバーなことではありません。
だ いたい編集長は‥‥」 優秀だから売却される  「まあまあ、まだ話の続きがある」  大先生が二人のじゃれ合いを止める。
 「親会社のためだけに存在する子会社という のは、だんだん活力が失われていく存在だと 思う。
親会社は大事な主要荷主には違いない けど、そこにだけ依存するのも問題だ。
親会 社はこけても子会社はびくともしないくらい の存在を目指すべきだとおれは思う。
そうで ないと、社員たちの満足度は間違いなく低下 してしまう」  「物流子会社に限らないと思いますが、やっ ぱり、社員満足度を高める経営をすべきです よね」  編集長が元気にあいづちを打つ。
すかさず、 女性記者が「うちの会社の社員満足度が高い  「自立できなかった子会社は売却されてし まうこともあるんですよね?」  大先生は何も言わず、編集長を見る。
編集 長が代わりに答える。
 「いや、それはない。
売却されるような会 社は自立した会社だ。
自立できる会社だから こそ買われる。
親会社におんぶに抱っこの会 社を買うところなんかない。
万一、何らかの 狙いがあって、そういうところが買われたと したら、その会社の社員たちは大変だ。
ぬる ま湯から一気に熱湯か氷水に放り込まれるこ とになる」  「へー、そうなんだ。
さすが編集長、いい とこ突いてる」  「また、先生、そういうとぼけたこと言わ ないでください。
そのへんの事情はよくご存 じじゃないですか」  「買収される会社には優秀な会社が多いこ とは確かだ。
だからといって、買収されない 会社は優秀じゃないということを言うわけで はないよな?」  「はあ、確かに、そうです。
もちろん、そ んなことは言いません」  大先生と編集長の話を聞きながら、何か思 い出したように、女性記者が質問する。
思っ たことはすぐに口に出してしまうタイプのよ うだ。
 「そのー、さっきの収入が減ってしまうから コスト削減はしないという類の話は、物流業 者にもあるんじゃないでしょうか?」 とは思えませんけど、社長」と思わせぶりに 編集長に言う。
編集長が何か言い返そうとす るのを大先生が遮る。
 「それで、当然のことだけど、社員満足度 の低い会社は、顧客満足度も間違いなく低い。
社員の満足度が高く、活性化しているからこ そ顧客への対応も良くなる」  「そりゃそうですね。
顧客への対応は人が するんですから。
そうか、初めに顧客満足度 ありきではなく、まず社員満足度なんだ。
そ れが顧客満足度を高めることにつながるって ことだ。
なるほど」  「それはいいとして、なんで、こんな話に なったんだ。
二人が妙な言い合いをするから、 話が変な方向に行ってしまった」  「いえ、妙じゃなくて、結構本質的な展開 になっていると思います」  大先生が「本質的ねえ」と苦笑する。
女 性記者が何か言おうとするのを、今度は、編 集長が遮る。
 「結局、物流子会社も二極化したってこと ですか?」  大先生が首を傾げて、編集長を見る。
慌て て編集長が補足する。
 「子会社に安住してしまった会社と自立し た会社とです」  「なに、そんなとこに話が飛んでしまうの? まだ子会社が誕生したばかりなのに」  編集長が「そうでした」と口ごもる。
それ に構わず、女性記者が妙なことを言い出す。
87  SEPTEMBER 2013 おくとして、確かに荷主と物流業者との間に そういう関係が見られることは否定できない。
利害が相反する関係だから‥‥」 荷主と利害を一致させる  「その利害を同じくしようというのが3PL ですよね?」  女性記者の言葉に編集長がオーバーに反応 する。
 「おー、おまえ、ずばっと本質を突いたな。
えらい」  大先生も感心したような顔でうなずく。
 「確かにそうだ。
荷主の利害に合わせて提案 をすることで、自分も利益を確保できるとい うビジネスモデルが3PLだ。
自分の利害を捨 ててこそ新規ビジネスへの道が開けるってこと だ」  「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ・・・ってい うことですか。
利益を出そうともがくのはや めて‥‥」  編集長の話の途中で大先生が口を挟む。
 「なに、編集長は格言愛好家なの? でも、 『利害を捨てて』から『身を捨てて』を連想し ただけで、ちょっと違うな。
それはいいとし て、もう真っ暗だ。
このへんで今日はやめに しよう。
それにしても、今日は二人に引きず り回された感じだ。
疲れたな?」  大先生が、じっと話を聞いていた弟子たち に言う。
弟子たちが素直に「はい」と答える。
女性記者が小さな声で弟子たちに「すみませ ん」と謝る。
美人弟子が「いえいえ、面白い 話でしたよ」と答える。
 「石油危機後に物流部門や物流子会社はど んな取り組みをしたのかということを事例で 検討するのも面白いですね。
次はそうしまし ょうか。
調べておきます」  体力弟子の提案に編集長がうなずき、「それで は場所を変えましょうか」とみんなを誘う。
 女性記者の問い掛けに編集長が、わざとだ み声で反応する。
 「荷主から効率化提案をしろなんて言われる けど、そんなことしたらうちの収入が減って しまう、やなこった‥‥って業者だな」  「ちょっと、編集長、なんなんですか、それ は。
やなこったじゃないですよ」  「あれ、そういう話じゃなかった? 収入が 減るのが嫌で提案をしない業者って話だろ?」  「それはそうですけど、何ですか、声まで変 えて‥‥」  大先生が仲裁に入る。
 「まあ、表現方法に問題があるのは置いて ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究 所入社。
同社常務を経て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを設立 し社長に就任。
著書に『現代物流システ ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の 手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』 (以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コン サルティング http://yuasa-c.co.jp PROFILE Illustration©ELPH-Kanda Kadan

購読案内広告案内