ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2013年4号
道場
保管倉庫から流通倉庫への転換

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 APRIL 2013  74  「先生は、そのころの物流業者に苦言を呈し たいんですよね?」  編集長の言葉に女性記者が興味深そうな顔 で、大先生に「そうなんですか?」と聞く。
 「何それ? 別に苦言なんかないよ。
いま さらのことだし‥‥それはそうと、物流業者 といっても、運輸業もあれば、倉庫業もある。
どっちをまず取り上げる?」  大先生の質問に編集長が即答する。
 「倉庫業にしたいと思います。
どっちかとい うと、質的変化という点では倉庫業の方が大 きかったように思いますので‥‥」  大先生が小首を傾げるが、それに構わず、編 集長が話を続ける。
 「改めて言うまでもないかもしれませんが、 一九六〇年代に入ってから、いま話題にして いる七〇年くらいまでの間に倉庫業も大きな 変革の波に襲われたことは確かだと思います。
少なくとも、単に荷主から荷物を預かって保 管していればいいという状況ではもはやなか ったはずです」 67《第132倉庫業に何が起きたか  「まいどー。
お邪魔しまーす」  いつもの調子で編集長が事務所に顔を出し た。
女性記者が「お世話になります」と続く。
 「いやー、上野公園に寄ってから来たんです が、花吹雪がすごかったですよ」  編集長が大先生に声を掛ける。
大先生がう なずいて答える。
 「そうだろうな。
うちは数日前に花見に行っ てきた。
花もすごかったけど、人もすごかっ た」  ひとしきり桜談義を交わしたあと、編集長 がおもむろに切り出した。
 「これまで、主に、荷主企業を中心にお話を うかがってきましたけど、このあたりで物流 業者側の動きも取り上げたいなと思いますが、 いかがでしょうか?」  「うん、いいよ」  大先生がどうでもいい感じでうなずく。
そ れを見て、編集長が意味ありげに呟く。
 物流概念の登場は、荷主企業だ けでなく、運送業者や倉庫業者にも 大きな影響をもたらした。
とりわけ 倉庫業には、従来の保管機能に加え、 在庫管理、仕分け、流通加工、配送、 情報提供といった諸機能まで提供する 流通倉庫への対応が求められた。
既 存の倉庫業者にとっては大きな飛躍の チャンスだった。
保管倉庫から流通倉庫への転換 ■大先生 物流一筋三十有余年。
体力弟子、美人 弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流 のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生 の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整 能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。
お調子者かつ大 雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。
几帳面な秀 才タイプ。
第 回 13 75  APRIL 2013  「それはそうだ。
別に倉庫業者に限らず、物 流に関係する人はみんな、大きな変革の波に 襲われた。
その変化の様を、なんと、わざわ ざ『運輸白書』が解説している。
えーと、こ れだ」  大先生がファイルの中から、コピーを取り出 す。
 「これは、昭和四五年度の白書なんだけど、 ちょっと、ここを読んでみて」  そう言って、大先生がコピーした資料を女 性記者に渡す。
女性記者が、興味深そうな顔 で資料を見る。
 「あっ、物的流通という言葉を使ってます。
やっぱり役所ですね。
それはいいとして、え ーと、読みますね」  「早く読めよ」  編集長の催促に口を尖らせた女性記者が、一 呼吸置いて読み始める。
 「物的流通コストの節減と輸送の円滑化を 目的とする物的流通改善の方向は、倉庫業に 対し、従来の保管倉庫としての任務に加えて、 在庫管理、輸送、流通加工、情報提供等の機 能を備えた流通倉庫への質的変革を要請しつ つある」  「なるほど、お馴染みの流通倉庫への転換 だ」  編集長が口を挟む。
女性記者がじろっと編 集長を見て、続ける。
 「すなわち、物的流通機構の合理化、近代 化の要請は、倉庫業を流通過程のなかでの単 なる保管の役割から、常時正確な在庫量を把 握し、需要者に対する迅速、確実なる商品の 配送を行なうとともに商品の流通にともなう 仕訳、梱包、軽度の加工および荷主メーカー に対する適確な情報の提供などその活動範囲 を拡大化する傾向にある」  ここまで読んで、女性記者が「堅苦しいと いうか難しいです」と言って、一息つく。
編 集長が「どれどれ」と、女性記者が持つ資料 を取り上げ、読み直す。
 「要するに、ドンと入ったものをドンと出す ということではなくて、いまでは当たり前な 物流センター業務に業務範囲を拡大しつつあ るということだ。
これは、当時にしては大き な変革だったでしょうね?」 業務請負に甘んじてしまった  編集長の感想に大先生が小さくうなずき、話 し出す。
 「でも、そういう変化は、その白書よりず っと前の一九六〇年代に入ってから起こって いる。
その頃、ある業界紙の座談会で、スピ ーカーである倉庫業の人が『とにかく倉庫に 入ってきたものを方面別に仕分けして包装す る。
そして配送までやっている状態ですから 倉庫業もずいぶん進歩したもんだと今更なが ら感じている次第なんです』などと言ってい る。
それを受けて別の物流業の人が『昔は輸 送業者が倉庫間を担当していたんですが、最 近は倉庫業者が輸送をやっているという感が 強いです』と応じている。
まあ、当事者が言 ってるんだから、間違いなく、倉庫の役割が 変わってきているということだ」  「ここで先生は苦言があるんですよね?」  編集長がまた「苦言」を持ち出し、茶化す ように大先生に水を向ける。
 「だから、いまさらのことだから、そんな話 はいいんじゃない? でも、なんで、編集長 は、その苦言とやらにこだわるの? どこか で、そんな話ししたっけ?」  「前に、一緒に飲んだ時に、その話でお怒り でしたよ。
私は、それで悪酔いしてしまいま した」  二人の話に興味を持った女性記者が、つい 口を挟む。
 「えー、何なんですか? 気になります。
お 話し聞かせてください」  大先生が何も言わないので、女性記者が編 集長を見る。
結局、編集長が話し出す。
 「えーと、どういう話かというと、そのころ の、つまり西暦でいうと六〇年代後半頃の物 流業者の対応が日本の物流をおかしくしたと いうのが先生の苦言というか嘆きなんだ‥‥」  「へー、どういうことなんですか?」  女性記者の素朴な質問に大先生がようやく 身を乗り出した。
 「まあ、いまさらの話で、いまとなっては意 味のない話なんだけど‥‥」  そう言って、大先生が話し出す。
 「要するに、物流が日本経済にとっても企業 APRIL 2013  76 経営にとっても大きな課題になったとき、な ぜ物流業者が主導権を握らなかったのか、な ぜ荷主に主導権を取られてしまったのかとい う、まあ愚痴だな」  女性記者も弟子たちも神妙な顔で聞いてい る。
編集長が嬉しそうな顔でうなずいている。
大先生が続ける。
 「当時の物流業者は、倉庫業者にしろ輸送業 者にしろ、保管量や輸送量の量的拡大への対 応にばかり関心が行ってしまい、企業の物流 をどうするかという肝心な点については考え が及ばなかった、と言うより関心を示さなか った。
結局、物流をどうするかという仕組み 作りは荷主が自分でやることになってしまっ た。
その結果、物流業者は、荷主の指示通り に作業をするだけという役割分担に甘んじて しまった。
惜しいな、本当に‥‥」  「要するに、物流業者は業務請負業になって しまったということですね」  大先生の悔しそうな顔を見ながら、編集長 が相づちを打つ。
 「そう、当時は、当然物流については誰も何 も知らないという時代だから、物流業者も荷 主も同じ土俵に立っていた。
だから、物流業 者が率先して物流を研究し、荷主の物流の仕 組み作りをリードする立場に立つことも十分可 能だった。
つまり、いまで言う3PL。
物流 は、仕組み作りから運営、管理まですべてプ ロである物流業者に任せるのが当たり前とい う状況が作れたはずなんだ。
そうなれば、物 だったということですか。
なるほど、編集長 があそこで『苦言』と投げ掛けたのはそうい うことだったんですね」  編集長がうなずき、独り言のように言う。
 「確かに、その頃、物流業者が主導権を取 っていたら、日本の物流はまた違った歩みを したでしょうね‥‥」  編集長の話を大先生が遮る。
 「まあ、『たられば』の話をしても意味がな いので、もうやめるけど、いまの話は、実は いまからでも遅くないことではある」  「物流業者が主導権を取れって話ですか?」  編集長が確認する。
大先生がうなずいて、 続ける。
 「荷主の物流は、顧客あるいは社内の生産 や営業など他部門の制約を受けて、いまだに 多くの無駄を内包している。
また、震災対応 や環境対応、グローバル化など課題を多く抱 えている。
実際のところ、もう荷主の物流部 門では手に負えない領域に入っていると言っ て間違いない。
その意味で、いまこそ物流業 者の出番だと思う。
そろそろ、失われた四〇 年を取り戻す時だ」  「あっ、また失われた四〇年ですか‥‥」  「まあ、それはいいとして、なんだっけ、あ っ、そうそう、倉庫業について振り返ってみ るんだったな」  「そうです。
先ほど、先生は、倉庫業は量 的拡大に追われたっておっしゃいましたけど、 たしか庫腹増強を目的として、えーと、そう 流の歴史は随分違ったものになった。
少なく とも、荷主と物流業者は実質的なイコールパ ートナーの関係になっていたに違いないと思 う」  みんなが「確かに」という顔で頷く。
 「後で聞いた話だけど、荷主の物流担当者 は、物流をどうしたらいいか分からないので、 物流業者に問い合わせたけど、適切な答えが 返ってこなかったので、これは自分たちでど うにかしなければならないということで研究 を始めたということだった」  「その問い合わせを受けた物流業者さんが、 これは新たな荷主ニーズだということで研究 を始めて、主導権を握るような形で動いてい れば、それが波及して、物流業界も変わって いたかもしれませんね」  女性記者が感想を述べる。
みんなが同意す るようにうなずく。
大先生が続ける。
 「そうだな、荷主の物流は全て、おれたち が代行してやるぞという意欲的な意気込みが 物流業者に当時あったなら、いまは大分変っ ていたはずだ。
増えた貨物をどうしようなん てことに留まらないで‥‥あっ、いかん。
愚 痴になってしまった。
もうやめよう」 またまた「失われた四〇年」  大先生がぶつぶつ言うのを見ながら、女性 記者が思いついたように言う。
 「倉庫が保管型から流通型に変わったとき が、倉庫業者にとって飛躍の大きなチャンス 77  APRIL 2013 たようです」  「荷物がどんどん増えている状況なら、荷主 の物流の仕組みの研究なんて面倒なことには 手を付けないかもしれませんね。
倉庫さえ用 意すれば、いくらでも需要はあるんですから。
もうかってしようがない状況だったってこと ですよね?」  女性記者の素直な感想に美人弟子が首を振 る。
 「それが、倉庫業の経営は結構苦しかったよ うです」  「えーっ、本当ですか? どうしてですか?」  美人弟子が別の資料を取り出す。
 「これも同じ運輸白書からですが、こう書い てあります。
『この数年来、庫腹増強の必要 性が問題とされているが、倉庫業はその公共 性ゆえに現行保管料は、普通倉庫については (昭和)三十九年十一月に改定されて以来、ま た冷蔵倉庫については三十六年七月に一部改 定が行なわれて以来、据え置かれており、新 設倉庫の採算割れ、金利負担の増大等とあい まって新規設備投資をますます困難ならしめ ているとともに近代化諸施策を遂行するうえ での障害ともなっていた』という状況だった ようです」  編集長がうなずきながら意見を述べる。
 「やっぱり、それは、業務受託業だったから ですよ。
公共的な料金ということもあったん でしょうけど、人件費などが上がる中で料金 を据え置かれると痛いな」  大先生がうなずき、付け足す。
 「それに、荷主からの要請が複雑になってき ているのに、料金体系は旧来の保管型の時代 のものだから、当然、仕事にマッチしなくな ってきている。
そこで、倉庫業界からは当然、 改定の要求が出された」  「なるほど、なんか身につまされる話になっ てきましたね。
催促するのもなんですが、こ のあたりでコーヒーにしませんか‥‥」  編集長の催促で、いったん休憩に入った。
そう『倉庫整備5カ年計画』なるものが策定 されたのはちょうどそのころじゃなかったで しょうか?」  編集長がノートを見ながら確認する。
大先 生がうなずいて、弟子たちを見る。
美人弟子 が資料を取り出す。
 「はい、昭和四〇年にスタートし、繰り返し 採られた政策です。
昭和四六年の運輸白書で は、『わが国経済の長期にわたる高度成長は旺 盛な保管需要を生み、倉庫整備の実績が計画 目標を上回ったにもかかわらず庫腹不足の状 況がいぜんとして続いている』と書いていま す。
当然ですが、保管需要の伸びが旺盛だっ ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究 所入社。
同社常務を経て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを設立 し社長に就任。
著書に『現代物流システ ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の 手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』 (以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コン サルティング http://yuasa-c.co.jp PROFILE Illustration©ELPH-Kanda Kadan

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