ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2013年1号
物流行政を斬る
第22回 最低車両台数五台に疑問一〇〜二〇台まで引き上げ過度な規制緩和に歯止めを

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JANUARY 2013  80 規制緩和の負の遺産  国土交通省の「トラック産業の将来ビジョンに関 する検討会」の下に設置された「最低車両台数・適 正運賃収受ワーキンググループ(WG)」は二〇一二 年一〇月一五日、最終報告書を取りまとめ、発表し た。
同WGは、流通経済大学の野尻俊明教授を座 長に、学識経験者、業界関係者を中心にメンバー編 成されたもので、一〇年一〇月十三日以降、七回の 委員会が開催されている。
今回は二つの重要論点の うち「最低車両台数基準」について考察し、もう一 つの「適正運賃」については次回で取り上げる。
 議論に立ち入る前に振り返っておきたいのは、一 九九〇年十二月に実施されたトラック運送事業に関 する大幅な規制緩和である。
トラック運送に関わる 二つの法律「貨物自動車運送事業法」及び「貨物 運送取扱事業法」、いわゆる物流二法が施行された わけだが、トラック運送事業の自由化を進めるべく、 路線・区域の事業区分が廃止され、事業も免許制か ら許可制に、運賃は許可制から事前届出制になった (さらに〇三年四月以降は事後届出制になっている)。
 今月号のテーマであるトラック運送事業を営む際 最低車両台数五台に疑問 一〇〜二〇台まで引き上げ 過度な規制緩和に歯止めを  トラック運送事業を営む際に義務付けられる最低車両 台数は、一連の規制緩和によって五台にまで引き下げら れた。
その結果、新規参入が相次ぎ、事業者は過当競争 を余儀なくされている。
行き過ぎた規制緩和に歯止めを かけなければ、物流業界の健全化は見えてこない。
まず は最低車両台数の見直しから始めるべきだ。
第22回 の許可基準となる最低保有車両台数に関しても、か つては都市の人口に応じて「五両」「七両」「一〇両」 「一五両」と地域により基準が異なっていたが、〇 三年以降はこれが全国一律「五両」に引き下げられ た。
 こうした規制緩和が零細事業者の大量参入を許し、 結果として過当競争を引き起こした。
そして、運賃 水準の大幅な低下、不十分な環境・安全対策による 違反・事故の続出、社会保険未加入問題など様々な 問題を発生させたとされている。
 こうした問題を防止・是正するためにも、参入 時の最低車両台数に関しては、その基準を引き上げ、 行き過ぎた規制緩和の手綱をもう一度締め直すべき ではないか、という声が大きくなりつつある。
一 二年四月に発生した高速ツアーバスの事故等に伴い、 貨物及び旅客輸送に関する最低保有台数規制の基準 について見直すべきではないか、という声が一層強 まったのは記憶に新しいところだ。
 しかし、今回のWG報告書では最低車両台数を 引き上げる方向性は打ち出していない。
最低車両台 数をめぐる賛否両論を併記した上で、最終的には 「(現在五両である基準を)直ちに引き上げる状況に ない」としている。
 その根拠として、事業規模別の事故件数比率(一 車両あたりの事故件数)の平均値を示し、「一車両 あたりの事故件数と事業者の車両規模には一概に相 関関係は認められない」と結論付けている。
同様に、 事業規模別の平均違反件数も示し、こちらも「事業 者あたりの違反件数と事業者の車両規模には一概に 相関関係は認められない」としている(数値の詳細 はWG資料を参照されたい)。
 その一方で、トラック事業の許可基準(五両)に 満たない一〇一八事業者の現状を調べ、〇九年六月 の一カ月間において、法令違反事業者数は七二・八 %に当たる七四一事業者に達することを発表してい る。
その具体的な内容は、乗務時間等告示の遵守違 反、健康状態の把握違反、点呼関係違反、乗務等 の記録違反、指導監督関係違反、社会保険等の未 加入等である。
 こうした状況を改善すべく、五両未満の事業者 に対し、現状では適用除外となっている「運行管理 者」の選任を義務付ける等の案を提示している。
こ れらは国交省の省令改正等で対応し、年内にも実施 される運びとなっている。
物流行政を斬る 産業能率大学 経営学部 准教授 (財)流通経済研究所 客員研究員 寺嶋正尚 81  JANUARY 2013   さて、これを見てまず驚くのは、最低車両台数 を下回る事業者が多いという事実だ。
改めて述べて おくが、「五両」というのは貨物運送業をこれから 始めようとする際に要件として満たさなければなら ない基準のことである。
しかし、その後のトラック の増減車は届出事項であるので、極論すれば、スタ ート時さえ五両を満たしていれば、後はどうぞご自 由に、ということになる。
たとえ五両を下回ろうと、 何ら行政処分は下されない。
 国交省は〇九年三月に発表した「事業用自動車総 合安全プラン二〇〇九」において、「貨物事業許可 基準未満の事業者に対する集中的な監査」が不可欠 であるとしている。
今回もそれに則って一〇一八事 業者が監査されたことになる。
しかし、監査はされ るものの、直接的な行政処分は行われないことに変 わりはない。
 こう考えると、この「五両」というのは、果たし てどのような意味を持つのだろうか、と筆者は疑問 に思う。
事業を認可する時点で義務付けたところで、 それが実務の実態と余りにも乖離しているのであれ ば、何のために「五両」という規制を設けているの か不明である。
参入後の車両台数にも監査を  ここでトラック運送事業者の経営状況について見 てみることにしよう。
図表は、全日本トラック協会 が発表した「平成二二年度版トラック輸送産業の現 状と課題」に掲載されている数値から筆者が作成し たものである。
これを見ると、全体的にトラック事 業者の業績が芳しくないことが分かる。
特に事業規 模が小さい事業者ほど深刻な状況に陥っていると判 断することができる。
 トラック運送事業をはじめとする物流業は、規 模の経済が著しく働く世界である。
一般に、規模 が大きくなればなるほど、その事業者の損益分岐 点は下がる。
規模の小さな事業者の経営不振は自 明の理で、物流事業を健全に営むには、ある程度 の規模が必要ということになる。
 このことから、筆者は最低車両台数を今の五両 から引き上げるべきであると考えている。
それが 具体的に何台であるかは議論が必要だが、最低で も一〇台、場合によっては二〇台で線を引いても 良いだろう。
もちろん、新規参入が不可能な基準 にしてしまえば競争が妨げられ、望ましいコスト水 準及びサービス水準が実現されなくなってしまうが、 現状はそれを心配するレベルには程遠い。
物流二 法施行前に逆行するようで一部からの抵抗はあろう が、物流業界の健全化のためには業界参入者を従来 よりも絞るべきである。
 そして先に示したように、参入時にのみこの基 準を満たせば良いのではなく、参入後も継続して規 制し、この基準を下回った場合は、数年の猶予を設 け、再び基準を満たすように義務付けるべきであろ う。
この車両台数規制が形骸化し、現実と乖離した ものになっては、規制する意味がない。
WGの報告 書においても、五両未満に減車する際には現行の届 出から許可制にシフトする必要性に触れており、こ の点は高く評価したい。
 実施するには配慮も必要だ。
図表にあるように、 トラック保有事業者の規模別構成比を見ると、「一 〜一〇台」が全体の五六・一%、「十一〜二〇台」が 二一・五%と中小以下の事業者が大半を占めている。
このため、今すぐ上記のような規制強化を実施すれ ば、倒産する企業が相次ぐだろう。
その結果、わが 国の物流そのものに甚大な影響があることは必至で あるから、急激な変化は望ましくない。
 ただし、長期的に見れば物流事業者の規模を拡大 するような方向性を政策として打ち出すべきだろう。
そして、ある程度規模の大きな事業者に集約した後 は、そこに予算を投入し、物流事業者の安定的な経 営を確保すべきだと考える。
てらしま・まさなお 富士総合研究所、 流通経済研究所を経て現職。
日本物 流学会理事。
客員を務める流通経済研 究所では、最寄品メーカー及び物流業 者向けの「ロジスティクス&チャネル 戦略研究会」を主宰。
著書に『事例 で学ぶ物流戦略』(白桃書房)など。
一般貨物運送事業者の経営状況 事業規模構成比営業収益 営業利益率 黒字企業の比率 (営業利益段階) 全体 1〜10 台 11〜20 台 21〜50 台 51〜100 台 101 台以上 出所:全日本トラック協会資料より著者作成 100% 56.1% 21.5% 16.4% 4.4% 1.7% ▲0.4% ▲3.6% ▲1.4% ▲0.2% 1.2% ▲0.2% 48% 38% 47% 55% 70% 70%

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