ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2001年9号
再入門
在庫管理論批判(上

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2001 66 在庫管理の本がこんなに おもしろかったとは! 最近、あるきっかけで在庫管理の本を読まざる をえなくなり、出版されている本を何冊か読んだ。
在庫管理の本については、仕事がら不可欠な知 識ということもあって、もう三〇年近く前になる が結構、一生懸命に読んだ記憶がある。
そして日 頃のコンサルティング活動のなかで、その一部を 使ったりもしてきた。
ただ私にとって在庫管理の 本というのは、決しておもしろい読書体験ではな かった。
読むのに忍耐力が必要だったという妙な 印象が残っている。
経 済 的 発 注 数 量 ( E O Q : E c o n o m i c Ordering Quantity =在庫管理コストを最小にで きる一回当たりの商品発注量)や、四つの発注 方式、安全在庫の計算――。
物流の分野ではお 馴染みだが、こうした専門分野の話は誰にとって も決しておもしろいものではないはずである。
し かも、これらの専門知識は約三〇年前でさえ、す でに実務的な意味をほとんど失っていた。
一応、 ベースの知識として持つべきものという感じで勉 強に取り組んでいたのだから、忍耐を要するのも 当然だったのだろう。
当時、読んだ在庫管理論は、市場における販 売動向が安定していて、作ったものすべてが売れ る状況、つまり生産能力が市場規模を規定する という条件下では、考え方としては成り立つもの だった。
その点を否定するつもりはない。
しかし、 一九七三年のオイルショック以降の市場状況で は、こうした考え方は通用しなくなったことが明 らかである。
最近になって改めて在庫管理の本を読んでみ て、新鮮な驚きをおぼえた。
在庫管理の本がこん なにおもしろいものだったとは知らなかった。
も ちろん、これは皮肉だが‥‥。
何が?おもしろい〞のかは、次の項で具体的に 紹介するが、一言でいえば、著者たちの勉強不足 に驚いたということである。
ほとんどの本の構成 は、もはや意味を失った古典的な在庫管理論の 本と同じで、いまの時代に適した在庫管理はどう あるべきかについての主張がない。
サプライチェ ーン・マネジメント(SCM)だとかCRP(連 続自動補充方式)についての説明が、取って付 けたように最後の方に出てくるだけである。
古典的な在庫管理の本は、出版された時点に おいては存在価値があり、おもしろくないとは言 っても、構成も内容もしっかりしていた。
さすが にプロが書いたものと評価できた。
ところが最近の在庫管理の本は違う。
この際 反発を覚悟であえて言うが、最近の本は、古典 的な内容をベースに最近の物流動向にかかわる用 語を散りばめた程度で終わっている。
それどころ か、在庫管理というものが本当にわかって書いて いるのか疑わしい本も少なくない。
最近の在庫管理の本の?おもしろさ〞はここ にある。
以下、具体的に引用しながら解説してい く。
事前にお断りしておくが、批判して楽しもう という趣旨では決してない。
私の狙いは、世の中 に氾濫している情報を検証していくなかで、そも 「在庫管理論批判(上)」 湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 第6回 在庫管理を論じた本の多くは、在庫を持つことの功罪を あげて、両者のバランスをとるように主張している。
しか し、実際にはバランスをとることなど不可能だ。
在庫はあ くまでもゼロが正しい。
在庫管理とは、在庫をゼロにする ためのマネジメントである。
今月と来月の2回に分けて、 いま求められている在庫管理について論じる。
67 SEPTEMBER 2001 そも在庫管理とは何かを明らかにするという点に ある。
ちょっと言い訳をさせていただくと、最近の在 庫管理の本と言っても、出版されているものすべ てを読んだわけではない。
その意味では「最近、 出版された一部の本においては」という限定をつ けるほうが妥当かもしれない。
そして、最近のど の本が?おもしろい〞のかは、この文章を読まれ た後の、読者ご自身の判断にお任せたい。
また、原文のまま引用すると出典の明記が必 要になるので、私なりに言い換えてご紹介する。
それでも引用には違いないのだが、その引用部分 を私の主張にすりかえる意図はなく、ごく一部の 引用のため出典の明記は控えることをお断りして おく。
なお、在庫管理というテーマの重要性を鑑み、 今月と来月の二回に分けて話を進めていく。
意味のない計算 理解できない解説 何冊かの本を読んでいて、「いったい、この著 者の主張する在庫管理とは何なのか」という記述 にぶつかることが何度もあった。
ある本では「在庫調整」について、次のように 説明している。
「在庫量が多いときは、入庫量を 減らし、出庫量を増やす。
在庫が少なすぎる場合 は、入庫量を増やし、出庫量を抑え気味にすれ ばいい。
これを在庫調整という」といった内容で ある。
実は、いまだに私はこの意味を理解できて いない。
出庫量を増やす、抑えるという意味がわ からないのである。
出庫というのは販売と同義ではないのか。
販売量を増やしたり、抑えたりする とは、いったいどういうことなのだろうか。
もちろん、在庫量を一定に保つという点につい ては、引用部分の説明は間違っていない。
しかし、 在庫管理というのは、販売に対応するために一定 在庫を維持するのであって、一定在庫を維持す るために販売を調整するという記述は、なんとも 納得できない。
同じ本に「最大在庫量」についての記述もあ る。
これも私としては、どうにも納得できないも のだった。
ちなみに、この種の記述は結構、多く の本にみられるものである。
最大在庫というのは、上限在庫とも言われる が、要するに、在庫量が過剰にならないように歯 止めをかけるために設定するものである。
その決 め方として、この本は「最大在庫量は平均在庫 量を二倍したものであるから、平均在庫量を計算 し、それを二倍すれば求められる」と説明してい る。
ご丁寧に、平均在庫は期首と期末の在庫量 を合計して二で割ればいいというような説明まで ついている。
この記述自体に誤りはない。
ただ、この説明が 実務的に妥当性を持つためには、計算せよという 現在の平均在庫量が適正水準にあることが前提 になる。
ところが、そのような記述はなく、現状 の平均在庫量を元に計算することだけが説かれて いる。
こうなると、現在の在庫量が過剰であった としても、その二倍が最大在庫量ということにな ってしまい、これはほとんど意味のない数字にな SEPTEMBER 2001 68 ってしまう。
本来的に言えば、先の引用部分の記述は本末 転倒である。
後述するように、在庫管理において は、はじめに在庫の上限を決めるべきである。
そ の半分が平均在庫であることは計算上間違いな いが、逆はありえない。
そもそも、そんな考えで は在庫管理などできはしない。
いかがであろうか。
私の理解が間違っていると したら、私が笑われることになるが、その判断は みなさんにお任せしたい。
この手の話はまだまだ あって、おもしろいというよりも苦笑と言った方 がいいのかもしれない。
こういう著者が書く在庫 管理論というのは、いったい何なのかという疑念 を強く抱かざるを得ない。
在庫はゼロが正しい それが管理の基本 在庫管理の本を見ると、ごく一部の著者を除 けば、在庫は必要だという主張を当たり前のよう に展開している。
なかには「在庫ゼロがいいこと はわかっているが」と前置きをしたうえで、在庫 の必要性を説いている本もある。
いずれにしても、在庫を持つことにはデメリッ トがあるが、在庫を持つメリットもあるといって 功罪を列挙しているケースが少なくない。
そこで 両者のバランスを保つことが必要であり、適正在 庫という概念もここから生まれるという論旨に続 いている。
ところが、適正在庫とは何かという段になると、 明確な答えがない。
在庫管理に取り組むうえで最 も重要な概念があいまいになっている。
もっとも、 適正在庫についての記述自体はある。
たとえば、 年間予想売上高を商品回転率で割れだとか、あ る本では「上限在庫量と安全在庫量の範囲内に おさまるように決める」なんていう説明もある。
そして、上限在庫は平均在庫の二倍なんて説明 が出てくる。
もう大混乱である。
それはそれとして、私が疑問に思うのは、在庫 を持つことの功罪を両方あげていることである。
そして、両者のバランスを取れなどと抽象的なこ とを主張する。
言うまでもなく、バランスを取ることなど実務 的には絶対に不可能である。
在庫が必要だとい う理由に、よく顧客サービスのためとか、効率的 な生産支援のため、あるいは需要変動に対応す るため――などということが挙げられる。
在庫を 持つコストはわかるとして、これらのメリットは どう計算するのか。
ほとんど不可能なことである。
これを計算できなければ、バランスなど取れはし ない。
ある本に「在庫が少なすぎると、販売に支障を きたす。
たとえば一〇〇個売れることがわかって いるときに在庫が五〇個しかないと、五〇個分販 売ロスが出る」というようなことが書いてある。
こういう説明には絶句するしかない。
私が言いたいのは、このような「在庫はコスト がかかる。
でも必要だ」などと言う中途半端な位 置づけでは、在庫管理などできはしないというこ とである。
それだけでなく適正在庫の定義さえで きない。
69 SEPTEMBER 2001 在庫は、言うまでもなくゼロが正しいのである。
在庫管理とは、在庫をゼロにするためのマネジメ ントである。
これが出発点になる。
もちろん、そうは言っても生産、販売等の都合 で在庫を持たざるを得ないことも事実である。
た だし、この場合に重要なのは、在庫が必要だとい う「理由」ではなく、在庫を持たざるを得ない 「制約条件」を明らかにすることである。
それが 管理への道を開くことになる。
たとえば、いま在庫が二カ月分あるとしよう。
この二カ月分を減らすことが在庫管理の目的で ある。
そのためには、この二カ月という数字が、 何を原因としてできあがっているのかを明らかに する必要がある。
このとき注意すべきは、二カ月分の在庫を規定 している制約条件は一つしかないということであ る。
生産支援のため、顧客サービスのため、需要 変動への対処のためなどというと、あたかもこれ らのために必要な在庫がトータルされて在庫量が 決まってくるような印象を与える。
いや、在庫管 理の本を書く著者の中には、そう思い込んでいる 方すらいるようである。
たった一つの制約条件が 在庫量を決めている それはよいとして、在庫量を決めているのはた った一つの制約条件でしかない。
たとえば、ある 製品をつくるために一度、生産ラインを動かすと 一カ月分の販売用在庫ができてしまうというので あれば、これを超える制約条件が他になければ、 この生産面の制約が在庫量を決定する最大の制約条件となる。
他の制約条件は、すべてこの中に 含まれてしまうからである。
これが、いわゆる ?ボトルネック〞である。
これをつぶすことが、在庫管理の目的になる。
そして、これを一週間分の生産まで改善できたと すれば、次のボトルネックが顔を出す。
顧客サー ビスのためには二週間分の在庫が必要だというの であれば、これがそうだ。
つまり、二週間分の在 庫を持たざるを得ないわけである。
敢えて言えば、この最大の制約条件のもとで必 要となる在庫量が「適正在庫」である。
現時点 では制約条件があるため、これ以上は小さくでき ないという意味での在庫である。
そして、この数 量は在庫管理の取り組み次第で変わっていく。
制 約条件を排除していく過程で、ゼロに向かって変 化していくのである。
もっとも、もともと在庫はないに越したことは ないのであるから、適正在庫などというものは存 在しないとみる方がよい。
そう考えなければ、在 庫をゼロにする取り組みは続けられない。
管理の 対象になるのは、あくまでも制約条件下の在庫な のである。
言うまでもなく、この在庫量は品目によって異 なる。
また、制約条件によっても違ってくる。
こ う言うと、面倒な感じを受けるかもしれないが、 実は簡単な原理で動いている。
そこではEOQも、 四つの発注方式も、はたまた面倒な安全在庫の 計算も必要ない。
次号では、この点について検討したい。
湯浅和夫(ゆあさ・かずお) 1971年早稲田大学大学院修士課程修 了。
同年、日通総合研究所入社。
現在、 同社常務取締役。
著書に『手にとるよう にIT物流がわかる本』(かんき出版)、 『Eビジネス時代のロジスティクス戦略』 (日刊工業新聞社)、『物流マネジメント 革命』(ビジネス社)ほか多数。

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