ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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「e物流のウソ」

(日経ビジネス2000年9月16日号掲載分の元原)
インターネット上でトラックの空きと荷物をマッチングする「求車求貨システム」の設立ラッシュが続いている。トラック輸送版e−マーケットプレイスの担い手を狙うIT企業、大手荷主企業の顔を持つ総合商社、そしてキャリアである大手物流企業がこぞって参入。通産省も多額の補助金でそれを支援している。

 システムが日本に広く普及すれば、トラックの積載率改善によって物流の生産性が向上するだけでなく、走行車両台数自体が減るため、排出ガスも抑制される。環境にも好影響を与えると、周囲の期待は大きい。しかし、これらシステムは本格的に稼働しても期待されたような効果を発揮しない公算が大きい。

IT革命によって最も大きな恩恵を受ける産業、それが物流業だと言われる。通産省、慶應大学、マッキンゼー&カンパニーが98年に発表した共同調査レポートによると、日本の物流業界は今後10年間で利益(EVA)を約9倍に拡大させると予測されている。ITの活用によるトラックの積載率向上が、その最大の根拠となっている。

 現在、日本国内におけるトラック輸送の積載率は約50%と目されている。2台に1台はカラで走っていることになる。実際には「往き」のトラックは満載に近い。ところが荷物を目的地に届けた後の「帰り」の荷台が空いている。

 この空いた荷台を、インターネットを活用して荷物とマッチングさせることで積載率を改善する。その結果、物流業者の生産性と利益率は飛躍的に向上する。同時に荷主企業は運賃水準の低下というメリットを享受することができる。そんなシナリオだ。

 実際、通産省は平成11年度の補正予算で、このシナリオに沿った実証実験に7億円の予算を割いている。「中小企業経営環境改善支援ソフトウエア開発・実証実験」の一環として、通産・運輸両省の合同プロジェクトという形で計画された「物流需給情報プールシステム」がそれだ。

 三井、三菱、住友など大手総合商社、マイクロソフトを始めとしたIT企業、日本通運、フットワークエクスプレスなどの大手物流業者、そして大手メーカーの物流子会社など、異業種で構成するコンソーシアム10数団体が実証実験への参加に動いている。実験結果は通産省の外郭団体で社団法人の日本ロジスティクスシステム協会を窓口に今年度中にまとめられる。そして来年度中にも行政主導の求車求貨システムが本格的に稼働する。

 この“官製”物流電子市場の運営は民間に委託される。今のところ実証実験に参加している総合商社によるコンソーシアムが、その担い手として有力視されている。これを含め日本国内には現在、数十もの求車求貨システムが稼働している。とりわけ今年は通産省の予算が付いたのをきっかけに、設立ラッシュの様相を呈している。

 しかし、これらのシステムは今後、本格的に稼働したとしても、期待されたような効果を発揮しない公算が大きい。そこで取引される商品は、書籍やパソコンのようにスペックのはっきりしたモノではない。トラック輸送という形のないサービスであり、規格化も標準化もされてない曖昧な商品であることが最大の理由だ。

運営事業から撤退した先駆者

 日本で初めて96年末にインターネット上に求車求貨システムを立ち上げた日本デジコムは昨年、ビジネスの矛先をシステムの運営母体からソフトの販売へと大きくシフトさせた。「全国5万社の運送業者のうち1%の登録が獲得できればビジネスになる。そう考えてビジネスを開始したが、実際に運営していくうちに様々な問題があることがわかってきた」ためだという。

 同社は求車求貨システムを、荷主企業向けに空車情報を発信する「トラック情報システム」、そして運送業者向けに貨物情報を発信する「積み荷情報」の二つのサービスによって構成した。運送業者と荷主はそれぞれ条件に合致する相手を検索し、自分で直接相手に連絡をとって商談を行う。日本デジコムは取引の場を提供するだけで、商談には立ち入らない。

 システムを利用する運送業者は入会金一万円と月利用料一万円を支払う。これが運営母体の収入になる。荷主は入会金、利用料とも無料にした。サービス開始半年で運送業者の登録は一〇〇社に上った。ところが利用料をタダにした荷主が集まらない。

 「荷主の業態、業界によって貨物の条件は全く違う。いくら荷台が空いているといっても、匂いのある生鮮品を運んだ帰りにアパレル用品を運ぶことはできない。全てが一緒になったサイトでは結局、使い勝手が悪い。そのことが物流のプロではない当社にはすぐには分からなかった」と同社。

 しかも、いったんサイトを通じて輸送業者と荷主に取引が始まってしまえば、次回からはシステムを使う必要性も薄れてしまう。結局、登録運送業者数は一〇〇社をピークに減少。六〇社前後に低迷してしまった。月六〇万円プラス新規登録者の入会金の収入では、いくら運営コストを抑えてもシステムを維持するのはきつい。


実効性欠くビジネスモデル

 走るトラックの空いた荷台は、物流業界のいわば“不良在庫”だ。在庫は需要と供給の地理的、時間的なギャップによって生まれる。インターネットという開かれた通信ネットワーク上に仮想市場を設置し、需要情報と供給情報をマッチングさせれば、ギャップは大きく低減される。それだけ在庫は減る。e−マーケットプレイスの効果だ。トラック運送の不良在庫削減にも同じソリューションが適用できる。そう考えるのに無理はない。

 さらに、マッチングには規模の経済性が働くため、できる限り多くの参加者を集めるようにしたい。そのためには参加資格や料金などの敷居を下げ、誰もが参加できるオープンなものにしよう。市場の取引規模が拡大すれば、薄いマージンでも運営母体は十分な利益を上げることができる。そんなビジネスモデルを描いて、多くの企業が求車求貨システムの運営に名乗りを上げた。

 しかし、その結果、構築された求車求貨システムの大部分は、いわゆる“お見合いサイト”の域を出ていないのが実状だ。オークション機能を持っている場合でも、市場がオープンで自由なものである分だけ、取引の安全性は低くなる。求貨情報を掲示する運送業者のサービスレベルは玉石混交であり、信頼性の担保には限界がある。

 運送業者側から見ても、荷主企業の与信ができない。しかも、パソコンの画面に提示される運送条件は限られている。実際は全く同じ荷物を東京から大阪へ輸送するとしても、積み卸しや納品の手間などによって、コストには大きな開きが出る。条件がはっきりしないままオークションで運賃を決めてしまうのはリスクが大き過ぎる。

 結局、パソコン画面に提示された情報で意味を持つのは、企業名とその連絡先だけに過ぎない。直接、相手とコンタクトをとって折衝しなければ取引は完結しない。それでは従来のスポット取引と何ら変わらない。というより、むしろ既存の協力業者に一声かければ済んだ従来の方法のほうが簡単だったといえる。

 ビジネスモデル先行によるこうした欠陥は、IT企業主導で構築された求車求貨システムにとくに多く見られる。非効率の目立つ物流のBtoB市場で、オープンかつ自由なe−マーケットプレイスを運営する。一見、その狙いは合理的とも思える。しかし、実際には機能しない。美しいビジネスモデルも市場の実態から乖離すれば、結局は“画に描いた餅”に終わる。

物流業者は運賃下落を危惧

 一方、市場を熟知している物流業者自身が構築した求車求貨システムには、また違った欠陥がある。物流業者にとって積載率の向上が長年の課題であることは事実だ。しかし、それを実現する代償として運賃水準が暴落したのでは意味がない。オープンな求車求貨システムには、その危惧がある。

 信義と商道ーー。運送業者同士で荷物を融通する求車求貨システム「ローカルネット」を運営する日本ローカルネットワークシステム共同組合連合会(JL連合会)の基本理念だ。e−マーケットプレイスという先端的な事業を手がける組織の基本理念としては、余りに古めかしく聞こえる。

 JL連合会はそもそも中小運送業者の互助を目的として設立されている。それが運賃下落の呼び水を作ってしまうようでは本末転倒であり、存立基盤を失う。そのためローカルネットでは実勢運賃とはかけ離れた運輸省への届け出運賃で取引することが建前となっている。実態としては荷主企業が実際に支払った額が適用されているようだが、過度な低運賃は認められない。ダンピングのような「信義と商道」に悖る行為は許さない、というわけだ。

 その代わり、取引の信頼性は可能な限り担保している。全車両に荷物保険、救援保険、対人対物保険を付け、事故や災害などの緊急時でも代替車両を確保する。日常の指導の他、悪質な物流業者は組合を退会させることでサービスレベルの維持にも努めている。結果的に物流業者系のシステムは、利用者に安心感がある反面、トラックの積載率は上がっても運賃は下がらないという荷主には納得のいかない性質を持つ。

 その点では、総合商社や大手メーカーの物流子会社を中心とした荷主企業系ともいえる求車求貨システムに分がある。自らの支払い物流費の削減を出発点としているだけに、運賃下落は望むところ。実需の裏付けがあるため、お見合いサイトではなく、具体的な輸送のニーズとそれを充足するサービスをマッチングさせるという市場としての基本条件もクリアしやすい。

 ところが、実際にはこれも難しい。何より社内に人材がいない。物流市場の実態を把握し、取引をコントロールするだけのノウハウがない。そもそも求車求貨システムを上手く運営できるだけの資源が社内にあるなら、公的な市場の運営よりもむしろサードパーティー・ロジスティクス(3PL)企業に転身してしまったほうが旨味は大きい。効率的な協力輸送業者のネットワークを武器に荷主企業の物流機能を丸ごと代行すれば収益性の高いビッグビジネスになる。

 実際、米国では3PL最大手のライダー社が、輸送ネットワークの管理ノウハウによって大きな成果を収めている。個人のオーナードライバー(日本では禁止されているが、米国では営業が認めてられている)を組織化し、教育と効率的な配車を行うことで低廉な輸送コストを実現。これを武器に荷主企業の元請けの座を次々に獲得していったことで飛躍的に業績を拡大させた。

成功定石は当てはまらない

 日本で現在、一定のボリュームを確保しながら安定的に求車求貨システムを稼働させているのは、数あるシステムのうち前述のローカルネット、富士ロジテックの「ACTION」、そしてキユーソー流通システムの「QTIS」の3つに過ぎない。富士ロジテックは静岡を地盤とする中堅倉庫業者、キユーソー流通システムは食品メーカーのキユーピーの物流子会社で、いずれも米ライダー社同様、有力な3PL企業として知られている。

 成功しているシステムには共通点がある。いずれも運営母体と取引実績のある既存の協力業者が参加輸送業者の大部分を占めていること。そしてオークション形式などはとらず、運賃決定権を運営母体が自ら握っていること。さらには最終的なマッチングを、ベテラン配車マンの経験を活かして人手で調整していること。すなわち、クローズで統制のきつい取引システムであるのが特徴だ。

 「ネットワークの価値はユーザー数の二乗に比例する」とされる定石に逆らい、自由な参加は許されない。予め運賃水準を固定するため、運賃と実際の需給バランスには、どうしても齟齬が生じる。人手によるマッチングは恣意性が高く、市場規模の拡大にも物理的な制約ができてしまう。「収穫逓増の法則」も働かない。一般にサイバー市場として想定される姿とはほど遠い、かなり不完全なe−マーケットプレイスだ。

 実はIT先進国の米国でも事情はそれほど変わらない。95年に米国で求車求貨システムを立ち上げ、周囲からサイバー物流企業の最右翼と目されているNTE(National Transport Exchange)社にしても、そこで取引される運賃水準は予め同社が作成したタリフによって決定している。自由運賃ではない。さすがに料金の計算やマッチングのシステム化は進んでいるが、取引を制限している点では日本と同じだ。

 トラック輸送のスポット取引を完全にシステム化するには、輸送サービスを構成する細かな要素一つひとつについての条件を明確にして、全てデータ化する必要がある。商品のスペックが決まらないと料金も決められない。しかし、現実には荷主自身、必要なスペックをハッキリとは把握してないのだから、それは不可能だ。

 結局、輸送サービスが厳密に規格化できない現状では、ネット上にシステム化されたオープンな物流サイバー市場を作ることなどできない。しかし、トラック輸送という商品は規格化を強く拒む曖昧さを持っている。さらに荷主側からみると、輸送サービスの購入には絶対的な制約がある。条件が合わないからといって今回は購入を見送るということが事実上できない商品特性を持っている。

 これまでは、こうした問題を貸し切り契約や固定タリフ、行政による規制などによって、取引に恣意的な枠をはめることでクリアしてきた。つまりトラック輸送のマーケットは、商品の曖昧さに目をつぶり、自由取引を制限することで初めて成立してきたのだ。今後、物流のサイバー市場が誕生したとしても、輸送サービスの商品特性に起因するこうした課題から逃れることはできない。

 現在はお見合い掲示板にすぎないシステムでも、輸送サービスの構成要素を一つひとつシステムに反映させていくことで、やがては問題を解決できるかもしれない。しかし、それには膨大な手間とシステム開発費用がかかる。日本に本格的な物流サイバー市場が誕生するには、まだ時間がかかりそうだ。

 そもそも日本の物流業者は大手といえども自社内の配車でさえ満足にできないでいるのが実状だ。配車担当者の経験と勘に頼って拠点ごとに管理しているだけで、全国的な統合管理はできていない。それだけ無駄が生じている。e−マーケットプレイスを構築し利用する以前に、まずは足元を固める必要がある。

 逆に社内の配車システムを完成させた物流業者は、自社のシステムに他社を取り込んでいくことができる。複数のユーザーが参加する配車システムは事実上、e−マーケットプレイスとして機能し始める。それが最も現実的なシナリオではないだろうか。

 

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